「昔はこれで上手くいった」が、会社をじわじわ壊す
「昔はこれで上手くいった」という記憶が、一番厄介なんだと最近よく思います。それはこの国の話でもあるし、一つひとつの会社の話でもある。何かが根っこから変わっているのに、なかなか気づけない。そういう時代に私たちは立っています。
おカネが世界を動かすようになった
昔は政治の力が経済を引っ張ってきたと、私はぼんやりそう感じていました。でも最近は逆になっているんじゃないかと思うことが増えました。いつの間にかおカネのほうが物事を動かしている。そういう感覚です。

世界のさまざまな動きの背後に、政治的な理念よりも経済的な何かが見え隠れすることが多い。正直、あんまりいい傾向ではないな、と思います。おカネで世界が動くとなると、おカネを持っている側が有利になる仕組みです。ヒトとヒトの格差はどうしても広がる方向へ引っ張られていく。
例えば、ある企業が急成長して政治に大きな影響を与えるようになったとします。そうなると、政治は市民全体の利益より経済的な力学を優先する方向へ引っ張られやすい。それが繰り返されると、民主主義はゆっくりと大衆主義に流れていく。科学で全てが説明できるという信頼も、少しずつほころびはじめる。民主主義も、資本主義も、科学への信頼も、それぞれゆっくりと地盤沈下しているような感覚があります。
10年前には、これをまったく疑いもしませんでした。あのころはこのまま続くと信じていたんです。
成功の罠にはまった国と会社
かつて「Japan as No.1」と言われた時代がありました。あれは本当のことで、すごいことだったと思います。でも、うまくいった記憶は人を縛ります。
経営の世界に「Success Trap(成功の罠)」という概念があります。うまくいった方法にこだわりすぎて、次の変化に乗れなくなることです。例えば、訪問営業だけで何十年も業績を伸ばしてきた会社が、客層が変わっても同じやり方を続けてしまう、みたいなことです。「このやり方が正しい」という信念が強いほど、変える必要が見えなくなる。うまくいった経験が、いちばんの足枷に変わる瞬間です。
世界の力関係が根っこから変わろうとしているのに、この国はそのままでいたいかのようにしている。後れをとっていると薄々感じていても、認めたくないから考えない。その根っこには、成功体験を手放したくないという気持ちがある。手放すということは、その時代の自分たちを否定するようで、怖い。国の話だけど、会社でも構造はまったく同じです。
「もののあわれ」を出発点にする
でも、悲観することはないと私は思っています。この国はいつの世もよみがえってきました。その出発点はいつも同じで、いまの立ち位置をちゃんと見つめて認めることだったように思えます。
「もののあわれ」という感覚があります。花が散るから美しい。盛者は必衰。うまくいったことも永遠には続かない。そういう現実をそのまま受け取れたとき、人は次へ動けます。「もういい時代は終わった」と素直に言えたとき、はじめて新しいものが入ってくる気がします。それは過去を否定することではなく、「あれはあれで良かった、でも今は違う」とただ認めること。それだけで、見えてくるものが変わります。
自然との共生で何度も再生してきた力が、この国にはある。おカネから少し離れること、心を大事にすること。若い人たちはそれをうまく言葉にはしないけれど、なんとなく気づいているように私には見えます。明治維新でちょっと方向を誤って、これだけの痛手を負ってきたこの国が、またよみがえる。もうすぐそういう気がしています。
自社に置き換えると
あなたの会社で「ずっとこのやり方だから」と止まっているものはないでしょうか。それは今でも本当に通じているからなのか、それとも手放すのが怖いだけなのか。
うまくいった記憶が強いほど、現実を直視するのがつらくなります。社内で「認めたくないけど、たぶんそうだ」という感覚が漂っていないかどうか、確認してみてください。おカネや数字だけでなく、心が動くものを大事にしているか。自社の軸がどこにあるのか、もう一度見つめてみてください。
変化は怖い。成功の記憶があるほど怖い。手放すことへの不安は、誰にでもある。でも、いまの立ち位置をちゃんと認めた会社が、次へ動けます。この国もそうしてきたように。そう信じています。
・文 杉岡 茂(初出:逍雲夜話 2024年10月「気学の力 2」を再編集)
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