なぜ、いま、『春の小川』なのか


1964年、東京でオリンピックが開催されることが決まったとき。
それは日本が、高度経済成長のまっただ中にあったときでした。
海外には、敗戦後の日本の復興ぶりを示す絶好の機会であり、国内においても社会基盤整備を始め、経済発展を通じて”金銭的・物質的な豊かさを手に入れること”が最優先されるべきだという風潮が強かったのは事実です。
特にアメリカのホームドラマをみながら、「あんなに広い家に住んで、テレビ・冷蔵庫や洗濯機がある生活をしてみたい」という気持ちを、多くの国民が抱いたことでありましょう。

そのときにとられた政策が、川の上に高速道路を通すことであり、川にフタをして下水道として利用するということでした。
高速道路に関しては、法律で「国有地のみ、高速道路の建設が許される」ということにしたため、用地買収をしていたのでは、オリンピックの開催を控え、時間的に間に合わないということから、川の上に首都高速が整備されることとなりました。
下水道に関しては、オリンピックのメインスタジアムや選手村周辺、すなわち渋谷周辺が悪臭がするようでは困るということになり、こちらも時間的な制約から手っ取り早い方法が選択されました。それが、”川にフタをして、下水道として活用する”という方法でした。
やがて、日本橋は高速道路の高架下にかかる橋となり、渋谷川はフタをされて道路になってしまいました。
当時の事情から、その時は仕方なかったことなのかもしれません。
しかし、それらは50年もそのまま放っておかれることになったのです。

渋谷川は別の形で、日本人であれば、みんなが知っている川でもあります。
実は、唱歌「春の小川」は、渋谷川の支流・河骨川(こうほねがわ)の様子を歌ったものだからです。
作詞者、高野辰之博士は、幼い娘の手をつなぎながら、河骨川近辺をよく散策されたそうです。
私たちはその風景、日本人の心の風景といってもよいと思いますが、そこにフタをしてしまったのです。

近頃、クールジャパンという言葉をよく聞きます。
アニメや漫画、フィギュアやジャパンポップと呼ばれる曲などを海外に輸出して日本文化を売っていこうということのようですが、それは本当にクールなことなのでしょうか。
そもそも日本人は花鳥風月を愛で、自然の中に調和を求めて暮らすという生き方をしてきた民族です。逆に欧米人は、”自然VS人”という考え方をして、自然を征服するような生き方をしてきました。
これは大きな違いであり、その結果、地中海ではレバノン杉が全て切り倒されてしまい森が失われてしまったり、地球上から森やきれいな水が消滅し、石油資源も使いたい放題ということが行われています。
家にしても、頑丈な壁により外界を遮断する家を作り、道路もレンガや石で固めています。
逆に、日本の家は壁そのものが大きく開け放たれて自然の風を取り込み、里山と呼ばれる自然と調和するカタチ・自然の恵みを受けるという考え方を選んで生きてきました。
今、渋谷に自然の川を復活させたら、自然とともに生きること・暮らすことがどんなに素晴らしいことであるかということを世界に問いかけることが出来たら、それが本当のクールジャパンではないでしょうか。

自然をなくし、欧米化することを選んだ1964年東京オリンピックから、自然を取り戻し、本来の日本の良さを世界に示す2020年東京オリンピックへ。
そして、”水と緑と人が調和した新しい都市が生まれるきっかけとなった記念すべきオリンピックだった”と後世の子孫たちに誇れるかどうかの選択をするのは、今を生きている私たちなのです。
その運命を握っている大切な瞬間に、私たちは生きているのです。

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