ライブ



 ライブを日本語でいうと、生放送とか生演奏とかってことになりますかね。何をやるにしても「生(なま)」でやるというと、大まかな進行を前もって決めることも必要ですが、何が起こるかわかりません。「アドリブ」がその「生」の質を決めることになります。ぼくはロックミュージシャンですから、この「ライブ感」の大切さを、何かを伝えるためには「ライブ感」が何よりも大事なことを知っています。ライブやった後でDVD見ても、なんかつまんないですね。ライブの最中のエキサイティングな感覚やグルーブ感は何にも代えがたいですね。歌詞を忘れようが、演奏がこけようが、「その時」が最高です。

 セミナーを開いて講義や講演をする場合にも、これは同じことだと思うんです。レジュメを「パワポでプレゼン」は大嫌いです。前もって決めたことをそのまましゃべるということにはとても耐えられません。WHAT「何をしゃべるか」よりHOW「どうしゃべるか」「どう伝えるか」が重要です。これは、若いころに「松陰会」という私的な勉強会で教えを請うた、山縣明人恩師に教えていただいたことです。この世のものごとに正解などありませんし、ものごとはその場その場で変わります。そして困ったことに、千変万化ずっと変わり続けます。

 RYDEENでは、若手の経営者さんを対象に鳴神道場や鳴神OB会その他のセミナーを開いていますが、レジュメは用意するもののレジュメどおりにセミナーが終わることはほとんどありません。もちろん、レジュメは事前に心血を注いで作りますし、常に更新もします。昔の大学教授のように、いつも同じ古びたノートで何年も同じ講義をするのはプロのすることではありませんね。レジュメ作りなど事前の準備には、とてつもなく時間と労力を注ぎます。にもかかわらず、レジュメどおりにしゃべることはありません。

 アドリブの効いたライブで「伝わる講義」をするためには、しゃべりたいこと、伝えたいことを完全に自分のものにしてなければいけません。頭に覚えさせるのではなく、「身に覚え」にしておかなければなりません。ロックのライブなんかはとくにそうで、ぐでんぐでんに酔っ払っていても歌詞が口をついて出てくるまで口に覚えさせないと、グルーブ感は伝わらないしエキサイティングなライブにはなりません。というわけで、鳴神セミナーにおいては、レジュメどおりに講義は進みません。

 そして、原則メモをとることも遠慮してもらっています。紙に勉強させてもしかたないし、あとで見返すことなんてしませんよね。で、ある社長さんなんか、もうずいぶん古いお付き合いですが、こちらが何度同じことをしゃべっても「常に新しいんです。常に新鮮なんです。」と言われます。RYDEENのホームページみたい(絶句)… そして、ずいぶん経ってから「先生、あれなんじゃったっけ?」と携帯に電話してこられます。でも、これでいいのです、こっちも常に新鮮な気持ちで話してるんですから… 頭で覚えようとしない態度がいいですね。「ああ、あいつあの時、何か言ってたな」ぐらいでいいんです。セミナーの講義など、内容を正確に覚えることになんの意味もありません。だいたいでいいんです。あとはその都度その都度携帯に電話していただければいいのです。

 さて、この7月から、セミナーのプロとして新境地にいどむことにしました。「鳳徳館」という10歳から20歳くらいまでの経営者の子弟を対象にした私塾を始めます。これまで「10歳の子供にわかるように話せないのは、ちゃんと理解してないからだ」などと偉そうに言ってきましたが、この私塾ではそのことが試されます。次のステージに進むために、一所懸命がんばろうと思いながら日々精進しています。

文章:杉岡 茂

写真:伊丸 綾

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