易とAI

 

 

 

 

 

 

文章 杉岡 茂

写真 伊丸 綾

 

「易」というのは、中国の儒教の大元である「易経」の考え方です。つまり、約2500年前にまとめられた古典的な哲学です。この意味での易は易占いとは違うものです。「占い」という言葉は、この世の「裏の成り立ち」ということから出てきたもののようですが、「裏の成り立ち」にも何らか法則があると考えて、何千年もの間世の中の動きを書き留め、この中に法則を読み解いたものが「易経」なのです。1年の中に春夏秋冬があるように、60年の中に浮き沈みがあると読み取ったということです。「中国四千年の歴史」恐るべしです。

 

さて、対する「AI」ですが、言わずと知れた人工知能(artificial intelligence)です。人が創出する最先端の技術です。しかし、最先端技術の宿命でしょうか、現在あまりにも誤解された取り上げられ方をしているようです。「AIは人間を超えるか」なんて騒いでいる人たちもいますが、少なくとも今の時点では、AIは人間と同じようにものごとを判断するということはありません。夢を描くのはいいことですが(夢の多くは現実になってますから)、今のところ人間とAIは役割分担が違うというのが正しいと思います。

 

時代も分野もぜんぜん異なるように見える「易」と「AI」ですが、これが驚いたことに「これって同じことなんじゃない」ってくらい、その根本原理が似てるんです。「易」の根本原理は陰陽論です。「陰極まれば陽生ず、陽極まれば陰生ず」というのが極意です。「AI」は数学の二進法をその根本原理とします。「1たす1は2が常識」なんてのはもう通用しません。「1+1=10」なんです。

 

世の中に起こる現象を、陰と陽の二極のものさしで考えるか、0と1の二極のものさしで考えるかの違いなんです。この二つのものさしがどういう関係にあるのかということを真剣に考えていくと、とても深遠な哲学的な問題にぶち当たったりする(有と無の関係とどう関係するのかなど)のですが、AIに易を入れたらどうなるのかという、歴史的な実験をしている大バカ者が東京にいます。僕は面白いと思うんですけど、みなさんどうです?