第1回言志塾  

大場史郎なるもの

大場史郎なる人間は、面白い生命体である。私の感覚からすれば、「当分は魅力が尽きないで遊ぶことのできる、大人のおもちゃである」という表現以外に適当な表現を知らない。この生命体は、大変な質量とエネルギーを蔵 しており、なかなか枯渇しそうもないのである。私は、大場先生にお会いしたその日に、ここ数年来の私自身の、ささやかな、そして限りなく私的な研究を捧げ、大場先生の「男」を上げようと決心した次第である。
私のささやかな研究とは何か。それは、中小企業(以下、 個人商店等の零細企業も含むものとして考えられたい)の経営者、つまり、社長は何を会得しなければならない のかということに関する考察である

中小企業を取り巻く状況

まず、日本という国は、リーダーを養成する機関を擁 しない国です。東京大学法学部をはじめ、日本の教育な いし研究機関は、全て参謀以下の将兵を育成するところ であって、決してリーダーを養成する機関ではないのです。 大学か准度の差はあれ、官僚養成機関といわれる所以です。
今の日本においては、官僚が強大な力を持ち、好き勝 手なことを傍若無人にやっておりますが、官僚という存 在は決してリーダーではなく、単にリーダーを補佐する だけの存在であります。このような大学においては、大将としての實任のとり方を教わることがない。したがって、 一流大学を卒業した官僚にしても、大企業の大経営者と 呼ばれる人にしても、そのほとんどが、失態を演じたり 会社を潰した時に、見苦しい答弁をした上で、頭を下げることしか知らないのです(頭を下げればまだましな方です)。
—方、中小企業の経営者は、頭を下げるだけではすまない。丸裸になるのであって、いわば全人格的に責任を とらされることになるのは皆さんご承知のとおりです。

大企業と中小企業の最も本質的な違いは、会社債務に対する連帯保証や相続などという会社法(商法及び有限 会社法)上の概念とは全 く 関係のない手かせ足かせにより、 實任体系が全く異なるということです。このことを見過ごして作られた会社法が中小企業に適用されている現実 こそ、私には奇異に見えて仕方‘ないのです。
然るに、中小企業の経営者の家では、子息を大学(上 に述べたとおり、大学は今のところ決してリーダーを養成する能力を備えてはおりません)の経済学部や商学部 に入学させることが多いのですが、これがまた曲者であって、これら学部の目指すところは、大企業の企業戦士(つ まり、従順にその業に専念するところの、従業員といわれる下士官の群れです)を養成するところであります。 中小企業の経営者になるための教育は施してくれない。「商売人の子供は大学に行く必要なんかない。」と叫ぶ親父さんやおかみさんの声は、それなりに筋の通ったことで あり、商売人の子供だけではなく、中小企業の経営者の 子息一般にいえることではないでしょうか。
それでは、中小企業の経営者の子息達は、どうすれば 中小企業経営を学ぶことができるのか。「親父の背中」以外にこの日本ではそれを学ぶことはできません。どこ にいっても教えてくれるところはありません。しかし、この「親父の背中」とて、これまでのところ、仕事や夜 遊びのために、子息達はこれを十分にながめてきたとは いえないでしょう。親父たちは高度成長の波にのり、仕事や接待にかまけて、子息の教育をおかあちゃんに任せておろそかにしてきたのです。親も経営に関する教育を授けない、学校も授けない、後継者達はどうすればいいのでしょうか。

これが、今の日本の中小企業における悲しい現実でしよう。戦後創業した企業の事業承継の問題が、今まさに一斉にいろいろな姿で立ち現れてきております。日本経 済において、本当の意味でその半分を支えている中小企業(日本固有の技術やノウハウは主に下請けという形を 経由して中小企業にしか蓄積されてはおりません)の事 業承継の問題に失敗したら日本経済全体がおかしくなると、私は本気で考えております。
今の日本経済について、「不況」ということばが使われることが多いのですが、私は少し違う見方をしています。誤解を恐れずにいえば、創業者の疲労と後継者の力量不足です。つまり、新しい力が育っていないうちに、先代が疲れちやったのです。先代の創業者は、試行錯誤を繰り返しながら徐々に会社を大きくしました。世も経済成 長という初めての体験とて、試行を許してきました。しかし、後継者はもうすでに大きく成長した会社を、既定 のルールに従って(試行錯誤は許されません)受け継ぎ 運営していかなければならないのです。にもかかわらず、そのようなことを教えてくれるところはないのです。これで、会社に元気が生まれることがないのは、あたりまえのことでしょう。このことを大きな要因として、日本経済のパフォーマンス自体が低下しているというのが今 の日本経済の現状です。
高度経済成長時代と同じようなあのしゃかりきなパワ一とエネルギーがあれば、バブルの崩壊にはじまる困難 など、何ほどもなくはね返していたのではないかと私には思えます。