DX

 小さな子供だったころの記憶に強烈に残っていることの一つは、テレビの登場です。アポロ11号です。そして、またたく間にカラーテレビになって、たくさんの番組が生まれました。「8時だよ全員集合」が一番印象に残っていますが、土曜日の夜8時にテレビ様の前に行儀よく座ってないといけなかったのです。寝っ転がって半分うとうとしながらなんてとんでもなかったのです。「時間」と「空間」が結びついて、ぼくたちを拘束していたのです。この「時間」と「空間」が固く結びついていることをバンドリング(「結束」と訳すことが多いでしょうが結ばれていることです)といいます。

 ところが、あれからたかだか50年後の今、ぼくたちは土曜の夜8時でなくてもテレビの前に正座しなくても、スマホやタブレットがあればいつでもベッドに寝転がっていても、いろんなアプリを使いこなせばほぼ何でも見ることができます。このことを「時空」(「時間」+「空間」です)のアンバンドリング(結束を解く、つまりばらすことです)といいます。そして、アンバンドリングされたつまりバラバラになった「時空」をある人の都合で結び直すことをリバンドリング(もう一度つなぐことです)といいます。ついにぼくたちは、テレビ放送側の都合をぼくたちの都合に入れ替えたのです。

 DXとは「Digital Transformation」のことです。直訳すると「デジタル改革」ですが、「デジタル技術を使ってビジネス自体やビジネスの中から切り出した個々の業務を改革すること」と考えると少しわかりやすいですかね。IT Information Technologyを使って業務を効率化したり新しい事業を立ち上げることというといいでしょうか。2018年の終わりに、経済産業省が「DXレポート」を企業向けに発表しました。まだこのころはもっと先のことと考えた企業が多かったし、とくに中小企業の経営者にとっては、レポートの内容が大企業を意識した内容になっていたこともあって「オレたちは関係ないか…」みたいな空気でした。しかし、コロナ狂想曲が進むにつれて、様子がガラリと変わってきました。

 中小企業のDXは、何もソフトを作ることやデジタル技術を開発することなど大きなお金がかかるようなことではありません。何かを作ることよりもありものを使って、世の中が便利になるようなことを考えることです。ぼくたちの手の中に入った時空を誰かの便利のために結んであげることです。デジタル技術に精通した開発者や専門家を高い給料を払って雇うことではなく、今の時代をしっかり見ている普通の若者が、誰かの便利に気づいていろんなアプリやスマホ上のサービスをパッケージにすることが立派なビジネスになっていくのでしょう。

文章 杉岡 茂

写真 伊丸 綾