前回は、柳田国男と今和次郎という二人の民俗学者の歩みを追い、今和次郎が生み出した「考現学」という考え方をご紹介しました。考現学の「目の前の今」を調査・観察するというスタイルは、後世に引き継がれていきます。
今回ご紹介するのは、赤瀬川原平・藤森照信・南伸坊編「路上観察学入門」(ちくま文庫1993年(筑摩書房1986年))です。個人的には面白い本だと思っているのですが、どう面白いのかを説明するのが難しい本でもあります。
本の構成は、
①マニフェスト(赤瀬川、藤森による「路上観察」の説明)
②町が呼んでいる(3人の編者の対談)
③私のフィールド・ノート(「路上観察」の実践報告)
④観察する眼玉たち(「路上観察」に関する論文)
となっています。①、②と③の一部(後で取り上げる「トマソン」に関する部分)が特に読みどころです。
編者の中心人物である赤瀬川原平は芸術家で、その活動の歴史を大まかにまとめると、
①通常の絵画作品
②廃品を材料にしたオブジェ作品
③日用品を引用したオブジェ作品
④日常の人の振舞いの引用そのものの作品化(「ハプニング」)
⑤既存の(意図せずに生まれた)「もの」から芸術的な意味を引き出す
という感じになりそうです。④の段階からは、表現の内容が、美術館に展示できるような「かたちのある作品」ではなくなってきます。
「路上観察」は⑤の段階に位置付けられます。観察分野は取り組む人によってさまざまですが、代表的なものとして「トマソン」があります。
「トマソン」とは「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」のことをいいます(「トマソン」という名前は、プロ野球の読売ジャイアンツにかつて在籍していたゲーリー・トマソンという選手(四番打者として大切に扱われているが、用をなさない(三振ばかりする)に由来するそうです。)。
「トマソン」にはその特徴ごとに、無用階段、無用門、エコダ、カステラ、庇、アタゴ、ヌリカベ等の種類がありますが、それぞれの特徴を文章で説明するのはかなり骨が折れるので、興味がある方は、赤瀬川原平「超芸術トマソン」(ちくま文庫1987年)等の本(物件の写真が載っています)を読んでいただくか、インターネットで画像検索をしていただければと思います。
「トマソン」等の路上観察は、ある「もの」から、その「もの」に本来意図されていない(普通の人は意識しない)意味(価値、美等)を見出すものです。その意味では、茶道具の「見立て」に通じるものがありそうです(このことは、編者の対談の中でも言及されています)。
また、日常の生活用品の中に美を見出す民藝運動とも共通するものがありそうです(第3回の「「次の一冊」のヒント」に民芸運動を主導した柳宗悦が挙がっているので、いずれこのルートも攻めてみたいと思います。)。これらのテーマを辿っていくと、最終的には「日本人の美意識」というようなテーマにぶつかりそうです。
赤瀬川原平は、その独特の発想から、今回取り上げた路上観察以外にも様々な活動をしています。次回は、赤瀬川原平その人について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
【この本から入手できる「次の一冊」のヒント】
・マルセル・デュシャン(芸術家)…便器にサインを入れて「作品」にする
・建築探偵団…藤森照信(編者)の活動
・MAVO(前衛美術集団)…今和次郎のバラック装飾と同時期に建築に取り組む
例)吉行あぐりの美容院等
・村上知義(芸術家)…MAVOの中心人物
・シートン「シートンの自然観察」…「観察」の達人
・杉浦日向子(江戸風俗研究家)…編者らが設立した路上観察学会に参加
・荒俣宏(博物学研究家)…路上観察学会に参加