善と悪は分けられない 陰陽五行と、混沌の時代に経営者が問い直すこと

「ビジネスの時代が終わるかもしれない」という言葉を書いた経営者がいます。大げさに聞こえますか。でも最近、同じことを感じている人が増えている気がします。この混沌の時代に私たちが立ち返るべき根本とは何か。陰陽五行の話から、少し考えてみたいと思います。

「もののあわれ」は、敗者へのまなざしだった

この国の心と言われる「もののあわれ」。その言葉を聞くと、どこか抽象的な文学論のように感じます。でも実は、経営に関わる人間にこそ刺さる考え方だと私は思っています。

「もののあわれ」の代表作とされる平家物語の主題のひとつは、敗者へのやさしいまなざしです。勝った源氏より、滅んだ平家のほうに深く寄り添う。ワイドショーのように「悪者」を決めて叩くのとは、真逆の感性です。

この感性の根っこには、神道、仏教、道教、そして中国の陰陽五行の考え方が流れ込んでいます。浅学非才は承知の上ですが、その根っこを少し掘り下げてみたいと思います。

善と悪は、一人の中に同居している

陰陽の考え方を一言で言うと、善と悪は別々に存在するのではなく、一人の人間の中に不可分に存在するということです。

例えば、こんな場面を想像してください。部下に厳しい言葉をかけ続ける上司がいたとします。周りから見ると「悪い上司」かもしれない。でもその背後に、会社を守りたいという必死さや、部下への本気の期待があったとしたら、どうでしょう。善と悪は、常に同居しています。

ワイドショーは簡単に善と悪を分けようとします。でも、それは「もののあわれ」の感性には真っ向から反します。誰かを断罪することより、その人の背景や複雑さに目を向けること。それが陰陽の見方であり、「もののあわれ」の本質です。

単純に善人と悪人とに分けることはできない。この認識を持てているかどうかで、組織の見え方はずいぶん変わると感じています。

何代もかけて「この星」を観察した

五行(ごぎょう)とは、木・火・土・金・水の5つの要素でこの世界の動きを説明するものです。

中国人は何代もかけて地球という星を観察して、この5つの要素によって世界が動いていると掴みました。急激な温度変化によって水が生まれ、マグマが冷えて土が生じ、土の上には木が生え、土の中には化石や金属が生成する。その流れを、何代にもわたって根気よく観察し続けた。

一代では分からない。何代も積み重ねてようやく見えてくる。「もののあわれ」も、この大きな観察の流れの中で生まれ育った考え方です。人間の力ではどうにもならないほど偉大な自然の力に、身をゆだねること。それが人類の生きる道だという認識が根底にあります。

これ、経営にも通じると思いませんか。創業者の一代だけで会社の本質が見えることは少ない。時間をかけて積み重ねた人だけが気づけるものがあります。

「甲乙丙丁」は、五行の暗号だった

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干。学校で習った記憶はあっても、その意味を説明できる人は少ないかもしれません。

実はこれ、「もっかどごんすい(木火土金水)」の五行に、陰陽の兄(え)と弟(と)を組み合わせたものです。「木の兄(きのえ)」が甲、「木の弟(きのと)」が乙。同じように読み進めると、最後は「水の弟(みずのと)」の癸にたどり着きます。

五行の本質を、文字の形に圧縮しようとしたのが十干です。「甲乙丙丁…」というあの並びには、ちゃんと意味があった。各文字が五行の本質をどう表しているかは、おいおい話したいと思っていますが、今日はここまで。知れば知るほど、深くなる話です。

自社に置き換えると

陰陽五行の話を、自社の経営に引き戻してみてください。

あなたは社員を「できる人」「できない人」と単純に分けていないでしょうか。その判断、陰陽の目で見直したとき、何か見落としているものはないですか。

今の自分は「ビジネス優先」で走り続けていて、生きることの根本に立ち返る時間を持てていますか。一代では見えないものを、どう次の世代につなごうとしていますか。

この混沌の時代を、今までと同じように乗り越えようとすることには、危険があると私は感じています。それは脅しでも悲観でもなく、根本に戻ることを時代が求めている、ということだと思っています。陰陽五行の本質は「人間は複雑で、自然は偉大で、一代では分からないことがある」という、ごく当たり前の認識です。その当たり前を、私たちはどこかに置いてきてしまっていないか。そんなことを感じずにはいられません。

中小企業の、味方でいたい

周南の9人の若者が、地元の中小企業の現場に入って一緒に考えます。若者・バカ者・よそ者の会社です。

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・文 杉岡 茂(初出:逍雲夜話 2024年11月「陰陽五行の基本」を再編集)

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