比べてしまうのは、しょうがない。自由に生きるための「教養」の話
人は他人と比べることでしか自分を理解できない生き物らしいです。ぼくも例外じゃありません。他社の数字を聞くと、それだけで自分の会社がダメに見えてくる。困った生き物だなと思いつつ、今日は「リベラルアーツ」という言葉について書いてみます。
比べてしまう生き物、比べない生き物
人間以外の動物は、たぶん自分と他人を比べたりしません。犬は隣の犬より自分が幸せか不幸かなんて考えないでしょう。人間だけが、比べて、勝手に落ち込んだり、勝手に安心したりする。厄介な生き物です。

なんで人間だけこんな面倒なことをするのか。ぼくが思うに、人間は言葉を持ってしまったからです。言葉があるから「良い」「悪い」を並べて考えられる。並べられるから、比べられる。比べられるから、苦しくなる。動物にはこの並べる力がないから、比べようがない。皮肉なもんです。
例えば、同業の会社の景気がいいという話を聞いたとします。自分の会社の数字は変わっていないのに、それだけで気持ちが沈む。冷静に考えれば、隣の会社の売上と自分の会社の幸せは、本当は関係ない話です。でも、そう頭でわかっていても、比べてしまう。
経営者をやっていると、この「比べる病」からは一生逃げられない気がします。同業、同世代、同じ地域の会社。比べる相手には困りません。あなたの会社は、何と比べて、今日も一喜一憂していますか。
「自由になるための技術」という言葉
最近「リベラルアーツ」という言葉をよく聞くようになりました。「リベラル」は自由、「アーツ」は技術。合わせると「自由になるための技術」ということになります。
この言葉が今、あちこちで語られているのは、たぶん偶然じゃありません。今の時代の幸せは、ちょっと前の幸せとは形が違う。価値観が多様化して、しかもその多様化のスピード自体がどんどん速くなっている。何が幸せかの正解が、一つに定まらない時代です。
だとすると、幸せになる方法も一つじゃなくなる。誰かが決めた「正解の生き方」をなぞればよかった時代は終わって、自分で自分の生き方を組み立てないといけない。そのために必要な技術が、リベラルアーツなんじゃないかとぼくは思っています。
自分の頭で決めていい時代は、しんどい時代でもある
今の時代は、変化が大きいのと、変化の速さが早いのとダブルパンチです。世の中の変化に必死についていこうとするより、ついていかない方がよっぽど幸せかもしれません。
それともう一つ。今は人類の歴史の中で初めて、個人が自分の考えで生きていける時代になりました。社会や世間の言うことを聞かなくてもいい。先生や親の言うことをちゃんと聞いている若者なんて、今どき少数派でしょう。
これは先人たちの苦労のたまものです。ありがたい話です。でも同時に、生き方や価値観を、自分の頭で考えて自分で決めなきゃいけなくなった、ということでもあります。誰かのせいにできない。これがけっこう重い。
会社経営も、たぶん同じです。昔は業界の慣習とか、先代のやり方に従っていれば、それなりに安泰だった。でも今は、それぞれの会社が自分の頭で考えて決めないといけない場面がどんどん増えている気がします。自由と引き換えに、重荷も引き受けた。そういう感覚、ありませんか。
自社に置き換えると
自由に、幸せに生きるために必要なのは、いろんな価値観を知っていること。世の中を広く浅く見渡せること。自分の生き方を、いろんな視点から見られること。自分を外側から眺められること。こういう力を身につけることが、リベラルアーツなんじゃないかとぼくは思います。
会社に置き換えて考えてみてください。あなたの会社の「うちのやり方」は、自分の頭で選んだものですか。それとも、周りと比べて、なんとなく真似しているだけのものですか。社員は、上司や会社の言うことをそのまま聞くだけになっていませんか。自分の会社を、外から眺める時間を、最近どれくらい取れていますか。
業界の中だけを見ていると、視野はどんどん狭くなります。同業だけでなく、まったく違う業界の話を聞いてみる。若い社員の考え方を、頭ごなしに否定しないで聞いてみる。そういう小さいことの積み重ねが、たぶんリベラルアーツの実践なんだと思います。
比べる生き物である以上、完全に比べるのをやめることはできないでしょう。でも、比べた上でどう生きるかは、自分で選べます。自由な時代を生きるための技術を、ぼちぼち身につけていきたいと思っています。
・文 杉岡茂(初出:逍雲夜話 2023年7月「リベラルアーツ」を再編集)
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