見ているようで、実は何も観ていない
東洋思想を勉強していると、みんな同じところでつまずくんだそうです。ぼくも見事にはまりました。「天」という、たった一文字です。「お天とうさまが見てるよ」の、あの天です。わかっているつもりで、中国古典をいくら読んでも、なんだかわからなくなる。
「天」という壁にぶつかった話
何年も、そこで足踏みしていました。中国古典を読んでも頭の中で空回りするだけで、前に進んだ実感がまるでない。「天」という言葉のイメージが、自分の中にひとつも育っていなかったんだと思います。
今のぼくは、「天」を「宇宙の混沌」というイメージで捉えるようにしています。正しいかどうかはわかりません。でも、そう決めてからようやく、次の一歩が踏み出せるようになりました。
経営でも似たことがあると思います。「ビジョン」とか「理念」とか、言葉だけでは人は動けません。誰か一人の中に、その言葉の手触りみたいな像ができるまで、会社は本当には前に進まない。像ができた瞬間に、初めて話が具体的になります。
例えば、社長が「お客さま第一」と言い続けているとします。でも社長自身がその言葉で思い浮かべる場面がぼんやりしていたら、社員には伝わりません。何を思い浮かべているか、一度自分に聞いてみるのもいいかもしれません。

易は占いではなく、記録だった
そういう苦しみの中で、「易経」という古典に行き当たりました。「易」というと占いのイメージが強いと思いますが、本来の易は占いではなく「記録」なんです。
中国は文字ができてから四千年。四千年分、記録が残っている。「中国四千年の歴史」というやつです。日本はひらがなができてから、まだ千年と少し。だから「千年の歴史」なんです。文字とか言葉というのは、歴史や文化にとって思っている以上に大きな意味を持っています。文字のないところに、歴史はないんです。
これは会社にも、そのまま当てはまる話だと思います。決めたことを書き残していない会社には、その会社の歴史が残りません。何年前に何を決めて、なぜそう決めたか。書いていなければ、次の代の人間はゼロから考え直すしかないんです。
例えば、議事録に「決定事項」だけ書いて、「なぜそう決めたか」を書かない会社があるとします。三年後、また同じ議論をすることになります。自分の会社の議事録、読み返して「なぜ」まで書いてありますか。
天籟という驚き
この易を少しかじって、もう一度「天」に戻って考えてみると、「天籟(てんらい)」という言葉に行き当たります。天籟とは、宇宙や自然など、人間の力を超えた存在に対する驚きのことです。天そのものの美しさだけでなく、天の心配りの絶妙さにも打たれる、ということです。
いつもは見ない夜空を、真っ暗な旅先でまじまじと見たら、こんなに美しいのかと驚く。動物や人間の体の何気ない動きを、じっくり観察すると、複雑極まりない動きの中に統一性とか目的みたいなものがあることに驚く。この世には、本当にいろんな不思議と驚きがあります。
国木田独歩の小説「牛肉と馬鈴薯」に、岡本という男が出てきます。「喫驚(びっくり)したいというのが僕の願なんです」と言い放つんですが、周りには全然わかってもらえない。岡本はとても純粋にものごとを見る人なんですね。
一方、岡本の周りにいる普通の人たちは、見ているようで、実は何も観てない。これ、経営者にもよくあることだと思います。毎日同じ現場を通り過ぎているうちに、見えなくなってしまう。例えば、開業したばかりの頃に感動した自分の店の匂いとか音、今も感じられていますか。
観るのと聞くの、どちらが早いか
観音菩薩は、音を観ます。聞くのではありません。助けて、という声を聞くより観るほうが早いからだと思います。音より光のほうが速い。光を見たほうが、救助に早く行けますね。
会社の中でも、これは起きています。現場の異変は、報告という「音」で伝わってくるまでに時間がかかります。誰かが気づいて、言葉にして、上に伝わって、ようやく耳に入る。その間に、現場はもう次の状態に進んでしまっています。
自分の目で現場を観る。これが、その時間差をなくす一番早い方法なんだと思います。報告を待つ姿勢だと、いつも一歩遅れます。
自社に置き換えると
自分の会社が決めたこと、なぜそう決めたかまで書き残していますか。現場の異変は、報告を聞く前に、自分の目で観に行っていますか。最後に「これはすごいな」と素直に驚いたのは、いつのことでしょうか。
そこまで大げさなことをしなくても、じっくりものごとを見て、この世の不思議に驚くだけの余裕をもって生きていきたいなと思っています。経営も、たぶん同じです。
・文 杉岡茂
(初出:逍雲夜話 2022年7月「易」を再編集)
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