六十年でひとめぐり、代替わりを考える
「易と陰陽五行」なんてタイトルを見たら、たいていの経営者は画面を閉じます。ぼくも長いことそうでした。ただ、六十年に一度めぐってくる「還暦」の意味を腹の底から知ると、会社の代替わりのタイミングについて、ちょっと見え方が変わってきます。今日はその種明かしを、のんびりやってみます。
陰陽五行というものさし
陰陽五行説というのは、昔の中国で生まれた考え方です。世の中のあらゆるものを、陰と陽の二極、それから木・火・土・金・水の五行で説明しようとします。乱暴に言えば、世界をたった七つの要素の組み合わせで読み解こうとした、とんでもなく壮大な試みです。

経営者がこういう古い物差しに惹かれるのは、不思議なことじゃないと思います。会社をやっていると、好調と不調が波のように来ます。人が辞める時期、売上が伸びる時期、妙にトラブルが重なる時期。理由がはっきりしないまま物事が巡っていくとき、人は何か周期があるんじゃないかと考えたくなる。陰陽五行は、その問いに大昔の中国が出した答えのひとつです。
ここから「天の気」を示す十干、「地の気」を示す十二支、そして「人の気」を示す九星気学が生まれます。天・地・人、三つの気がそろって初めて物事が動く、という発想です。
天の気と地の気、十干と十二支
十干は「幹」の一部で、天の気を表します。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十文字。それぞれが木火土金水のどれかに属していて、兄(え)が陽、弟(と)が陰になります。きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、という具合に読みます。
十二支は「枝」の一部で、地の気を表します。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二。こちらにも木火土金水が割り振られています。子は水、丑は土、寅と卯は木、というふうに。
例えば、十干を会社の「経営方針」、十二支を現場で回る「年間行事」のようなものだとします。方針は毎年少しずつ色合いを変えながら会社の芯を作り、行事は季節に合わせて現場を動かす。幹と枝、天と地。どちらが欠けても木は育ちません。
人の気、九星はなぜ九つか
十干と十二支ときたら、人の気を表すのは九星気学です。一白水星から九紫火星まで、真ん中に五黄土星を置いた九つの星が、碁盤の目のように並びます。なんで九つなんでしょうね。陰陽二極かける五行なら、本当は十で割り切れるはずなのに。
ぼくはここが東洋思想のおもしろいところだと思っています。天と地はきれいに割り切れるのに、人だけ妙な数が残る。人間のことは、理屈だけじゃ片づかない。そう言われている気がして、毎回ちょっとにやりとします。
読者のみなさんの会社にも、数字や制度できれいに説明できない「人の問題」が、ひとつやふたつあるはずです。
六十年でひとめぐりする、ということ
十干は十種類、十二支は十二種類。この二つの最小公倍数が六十です。だから六十年経つと、干支の組み合わせがひと巡りして、生まれた年と同じ干支に戻る。これが還暦です。
例えば、三十歳で親の会社を継いだ社長がいるとします。還暦の六十歳は、ちょうど経営者人生のひと巡り目が終わる年です。もちろん六十歳で辞める必要はありません。ただ、東洋ではこの六十年という単位を、昔から人の一生の区切りとして数えてきました。意識的に節目を作る民族だったんだと思います。
代替わりの話し合いが六十前後で増えるのは、体力や健康の問題だけじゃない気がします。ひと巡り終わったら次へ渡す。そういう感覚が、もしかしたらぼくらのどこかに刷り込まれているのかもしれません。
自社に置き換えると
自社の代替わりは、何を節目に考えていますか。年齢なのか、業績なのか、後継者の準備が整った時なのか。還暦のような昔からの区切りを、案外ちゃんと意識できていない会社も多いと思います。
天の気にあたる経営方針と、地の気にあたる現場の年間行事は、噛み合っていますか。例えば、方針だけ立派に掲げて、現場の実務がついてきていない会社があるとします。幹は立派でも、枝がなければ木は育ちません。
数字で説明のつかない「人の気」の部分を、どれだけ丁寧に見ていますか。九つに割り切れない人間くささを、面倒がらずに扱えているか。一度、立ち止まって考えてみてください。
千年以上前の中国人が考えたことが、令和の会社の代替わりの話にそのままつながる。東洋思想というのは、存外しぶといものだと思います。これが東洋思想の基本のほぼ全てです。まずは十干・十二支・九星気学、この三つを覚えることから始めてみてください。
・文 杉岡茂(初出:逍雲夜話 2022年7月「易と陰陽五行」を再編集)